7月31日(日)「子供の中国語教育」

息子の通うインター校は、6月中旬から、長い長い夏休み。息子も、日本に帰省中。その友達の大半も、自分の故郷に帰っているはず、、、。昨日、息子の友達のコロンビア人の子と、ばったり出くわした。聞いたら、この子、インター校から私立のローカル校に転校。その学校が、まだ休みに入らないので、コロンビアに帰れないと嘆いていた。ところで、中国インター校の年間の授業料、かなり高い。また、休みも多い。基本的には、外国人しか入れないので、中国人生徒は、カナダ籍など、外国籍を持つ子供達になる。中国語の授業もあるが、ごく基礎的なもののようだ。一方、このコロンビアの子の転向した学校、外国人生徒受け入れのため、英語の通訳をつけてくれる。また、学費もインター校ほど高くない。また、外国人の、中国語上達にも力を入れるようだ、、。殿様商売の(ように見える)中国インター校、少しは変わってくるのだろうか。

ところで、このコロンビア人家庭、かなり裕福(にみえる)。転校は、お金の理由ではなく、中国語の能力が、子供の将来に役立つと踏んだからだろう。



7月30日(土)「ボーダレス時代の法人」

持ち株会社とか不動産所有ではなく、実業で、BVIとかセィシェル法人を使うのは難しいと、ずっと思ってきたし、今でもそう思っている、、、。新規事業を考えていて、ふと、BVI法人のメリットに気付いた。例えば、香港法人が、シンガポールで業務展開。その場合、出来ない事はないだろうが、香港法人として、シンガポールで業務を行う、何か変だ。取引先とかも、そう思うだろう。一方、BVI法人。実業を行うBVI法人が、香港で活動しようが、シンガポールで活動しようが、何の違和感もない。当然、商行為が行われれば、その場所場所での、税務申告の必要は出るだろう。が、香港用、シンガポール用と、別個の法人を設立する必要はない。1個のBVI法人で、世界中で立ち回れる、、。税務面を除いて考えれば、BVI法人、ボーダレスの時代にマッチした法人だ。

1個のBVI法人で、複数箇所で実業を行う、いろんな発見があるかもしれない。



7月29日(金)「トイレおじさん」

90年代中頃のマルコポーロ香港ホテル。ここのロビー・フロアーのトイレには、サービスのいい、「トイレおじさん」がいた。お金に厳しい商社勤務の先輩も、「何と言っても「yes sir~」だからなあー」と、トイレに入る前に、5香港ドルほど用意したものだ、、、。昼前、TSTの五ツ星ホテルに行った。トイレに入ったら、トイレおじさん以外、誰も人がいない。用を足し終わるかなり前から、このおじさんがひねった蛇口、そこから流れ落ちる水の音が聞こえる。引っ張られるように、ここで手を洗い、差し出されたタオルを受け取った。チップ2ドルを渡したが、このおじさん始終無言。機械的な作業が、淡々と続いた、、。ところで、この二人の差、何だろう。一方からは、元気をもらい、一方からは、気を奪われる。同じようなサービスでも、提供する人で、全く変わってくる。何とも、面白い。

その当時、香港ホテルのコーヒーショップを利用しての、ややこしい話が多かった。「トイレおじさん」には、だいぶ元気付けられたものだ。



7月28日(木)「偽札」

以前、香港で1000ドル紙幣の偽札が出回った事がある。銀行の早期回収で、この件、すぐ収まった。ところで、この時、この1000香港ドル偽札を、割り増し料金で買い取りたいという、奇特な人達がいたらしい、、、。昨晩、マンション内でお金を払おうとしたら、そのうちの1枚、10元札が偽札で引取れないと言う。そのガードマン、1分ぐらいお金をこねくり回してから、偽札と断定した。10元札の偽物がある事に驚いたが、一介のガードマンが偽札を発見した事に、もっと驚いた。また、彼にとっては、日常的な出来事だったのだろう。単に、偽札だとお金を付き返しただけだった、、。中国内では、結構、偽札が流通してるという事を、このガードマンの態度が示していた。だが、10元札の偽造、元は取れるのだろうか。

ところで、この10元札、どうしたものだろう。まぜて他の人に回すわけにもいかない。割り増しで買い取ってくれる人も、ないだろう。保管して、話の種に使おう。

下の方が、偽札らしい。



7月27日(水)「棲み分け」

3年ほど前だが、ベトナムに売り込みをかけた事がある。ベトナム法人への出資元としての、BVI法人をだ。結論から言うと、業務としては成り立たなかった。理由は、ベトナムとシンガポールの強い関係。シンガポールからの投資には、二国間協定か何かで、かなりの特典があり、それを崩すのは難しいと感じたから、、、。例えば、ミャンマーに対する、香港とシンガポールの関係比較、面白い。香港の主要銀行は、ミャンマー人が役員、株主に入る法人の口座開設を、なかなか認めない。また、ミャンマー人の個人銀行口座、基本的には開設できない。香港で働くミャンマー人の話も、ほとんど聞かない。一方、シンガポール。ミャンマー人が絡む法人でも、個人口座でも、特に問題なく開設出来る。また、シンガポールで働くミャンマー人、かなりの数らしい、、。ひょっとして、香港とシンガポールで、中国は香港、アセアン諸国はシンガポール、という「棲み分け」、できてるんじゃないだろうか。

ミャンマー人、タイ人、カンボジア人などに対する、香港金融機関の厳しさは、一体何なんだろう。一度、その理由を聞いてみたいものだ。



7月26日(火)「不動産処分」

先日、中国の不動産事情に詳しいF氏と、飯を食べた。ところで、このF氏、今年に入ってから、その中国内に所有する不動産物件の処分に入り、現在までで、その大半を売り切ったようだ、、、。中国の不動産物件の処分に入るF氏に、「なにか、予兆や前兆あったんですか?」と聞いたら、「こうゆうのは、前兆がでてからは遅いですよ。」という返事。日本のバブル崩壊時に、痛い目にあったF氏。その処分も、素早い。また、中国在住のN氏。彼自身も、華南地区を中心に幾つかの物件を所有してるが、これも売りに入っている、と言う。「計画経済の中国。急落はないだろうが、徐々に下がる事は考えられる。売れるうちに売った方がいい」、と言うのがN氏の考えだ、、。きな臭い話も飛び交う、中国不動産。水面下では、いろんな動きがある。

身近な人間の動きには、ついつい釣られそうになる。人の意識とは、面白いものだ。



7月25日(月)カンボジア⑤「あじのもと商法」

日本とは縁もゆかりもないような人達が、日本人だとわかると、「トヨタ」、「ソニー」ではなく、「あじのもと」と言ってきた。それも複数の人間がそうだったので、カンボジアでの「あじのもと」人気、本物だろう、、、。総人口1千万強。マーケットの小さいカンボジアでは、いくつかの大企業が、市場を奪い合う、こうしたケースはあまりないようだ。業界一位が、市場の大半を押さえ、他は、零細、小企業が存在する、このような構図らしい。「先に参入、業界を押さえる。そうすると、競合企業も進出を控えるので、独占利益を享受できる」、現地コンサルも、これを勧める。化学調味料の業界が、どうかは知らないが、「あじのもと」も、このような形なんだろう、、。カンボジアには、「マック」も「スターバックス」も入ってない。このへんの業界を押さえるのは、どこだろう。

10日弱のミャンマー、カンボジア滞在だったが、いい経験になった。まだまだ、伝えたい事がある。折を見て紹介する事にする。

「あじのもと」の名前入りの、エプロン。



7月24日(日)カンボジア④「儲けるには、、」

プノンペンの通りの名前は、面白い。「ロシア通り」に「チェコスロバキア通り」。「毛沢東通り」に、「キム・イルソン通り」もある、、、。訪問先が、わかりにくかったので、宿泊ホテルにたむろしてる白タクを利用した。ところで、通称ダラという、この白タク運転手、気さくで真面目だが、移動の最中、儲からないと言い続けた。心底、そう思ってるようだったので、飯を食いながら、どうすれば儲かるようになるか、互いに考えてみた。ダラは、39歳。ホテル勤務の奥さんと、1歳の子供が一人。ホテル付きの白タク運転手で、雇用契約はない。が、月に15US程度、ホテルに支払う。儲からない理由は、油代の高騰。いろんな愚痴を聞いた後、3つほど提案した。①(2時間以上の)チャーター客への絞り込み②(発注元の)ベルボーイへのKBを、増やす③付加価値サービスの提供、、。これといって、面白い案件を見つけられなかったカンボジアだが、ダラがどう変わったか、見に来るのもよさそうだ。

プノンペンでは、タイ名物の「トゥクトゥク」も走ってる。ただ、ここの方が、バンコクあたりと比べて、断然安全運転。国民性の違いだろうか。

バイク・タクシーの数も多い。



7月23日(土)カンボジア③「フェイスブック集客」

勧められて、フェイスブックを始めたのが、1ヶ月ほど前。今現在、活用できてないが、「仕事上の大きな武器になるだろうな」、と言う事は感じる、、、。知人が出資者として参画してる、プノンペンの「ガールズ・バー」に行ってみた。ガールズ・バーは、カウンター越しに女性バーテンダーと会話を楽しむバー。ところで、このガールズ・バー、なごやかな雰囲気でくつろげる。英語、日本語を話すフィリピン人に、英語、カンボジア語のカンボジア女性。言葉の勉強にもなる。料金も明瞭で、リーズナブル。ところで、ここのお店、ママをはじめ、フェイスブックをうまく活用している。お店に来た客と、友達になり、定期的にお店の情報を流す。また、個々の客と、メッセージのやり取りをする、こんな形だと思うが、、。このお店のように、顧客が、幅広く点在してる場合、フェイスブックは有効な集客ツールだろう。いい勉強になった。

ところで、このお店のマスターは、本を出版するほどのカンボジア通。最新の現地事情を、マスターに聞きに行くのも面白い。

お店のマスター。



7月22日(金)カンボジア②「キリング・フィールド」

1985年頃だと思うが、米国映画「キリングフィールド」は、何とも強烈だった。ポルポト政権下での、カンボジア人主人公と、米国人ジャーナリストとの友情を描いた作品だが、ポルポトの大虐殺に声も出なかった、、、。プノンペンの主要観光コースに、「キリングフィールド」と「トゥールスレン博物館」がある。キリングフィールドは、まさに映画「キリングフィールド」の舞台のチュンエク村の通称で、プノンペンから10キロほどの距離。また、トゥールスレン博物館は、社会主義革命を遂行しようとしたポルポト政権の、反革命分子が、捕らえられ、拷問を受けた場所。ここに収容された人々が、キリングフィールドに送られ、処刑されたようだ。おびただしい数の遺骨の展示もあるが、そのあまりの数の多さに、驚いてしまう、、。ところで、この2つの場所に、小中学生の子供達の一群も来ている。残酷な拷問の様子を描いた絵や、拷問に使った器具も展示してる。子供達はこれを見て、何を思うのだろう。

博物館には、収容された人達の顔写真もある。悲しげな子供達の顔が、頭から離れない。

博物館に来ている子供達。



次のページ »