2月29日(水)「強い大家」

知人が、怒っている。何でも、大家から、「部屋が売れたので、来月末までに出て行って」、と言われたようだ。これ、大家の「願望」ではなく、「命令」のようだ、、、。通常、香港の住居や事務所の賃貸契約期間は2年。そのうち、1年は固定。それ以降は自由。この契約、借りる側からすると、2年契約のうち1年は必ず居住しなければならない。もし、何らかの事情で早めに出る事になっても、この1年分の家賃は払わなければならない。が、それ以降は、いつ出てもいい。ところで、これ、大家の側から見ると、1年は転売できないが、それ以降は店子付きのままでも転売出来る、このような形らしい。例えば、大家が13ヵ月後に誰かに部屋を売る。新しいオーナーが部屋を貸したくないと言えば、この知人と同じように、指定された日までに、部屋を出なければならなくなる、、。今の香港、巷の景気とはうらはらに、マンション価格は上昇中という、不思議な時代。しばらくは、急遽部屋から追い出される人、出てくるだろう。

ところで、この知人の同僚も同じような目にあったらしい。「同情してたら、自分も同じ目に遭った」、とこの知人嘆いていた。大変な時代だ。



2月28日(火)「いい父さん、恥ずかし父さん」

「金持ち父さん、貧乏父さん」は、ロバート・キヨサキのベストセラー。世界中で、ものすごい数、読まれている、、、。ところで、知人から面白い話を聞いた。この知人の知人は、中国人。日本人の奥さんと、日本で暮らしている。仕事は、中古部品の調達。100%中国向けの部品を、日本で調達。これが、仕事だ。ところで、それまでは腐るほど流れたこの部品、昨年の5月から、「ぴたっ」と止まった。中国の金融引き締め政策の影響で、企業からの発注、なくなったようだ。そうすると、この知人の知人、やる事がない。平日の昼間でも遊んでくれるため、子供は大喜び。だが、そのうち、「あのお父さん、一体大丈夫かしら?」との噂が流れるようにもなる。経済的には困ってないが、周囲の目が気になる奥さんからは、「別に仕事しなくてもいいから、早く中国に行って」、と言われてるようだ、、。子供にとっては、「いいお父さん」も、奥さんにとっては、「恥ずかしいお父さん」、だった。

ところで、この知人の知人の気持ち、よくわかる。世間体と言うもの、何とも厄介だ。



2月27日(月)「スマートな運転手」

先日、ダッカからの戻りは、深夜便。香港空港到着は、朝の6時前だった。早い時間だったので、深センまでの帰り、乗り合いバンを利用する事にした。このバン、「車中通関」が出来るのがメリットだ、、、。ところで、今回乗った運転手、かなり出来る。やり取りもスムーズだが、他と違ったのは中国側入境時。6人の客+1(運転手)が通関手続きを行うわけだが、この運転手、一人の作業が終わる毎に、税関員の作業態度、「非常にいい」、このボタンを押す。都合7回、車から手を伸ばして、同じ作業を繰り返した。ただ、これだけの事。意識してやってるかどうかも、わからない。が、この運転手、間違いなく出来る。どんな仕事でも、うまくこなすだろう。通常、運転手の仕事は、より安全に迅速に、目的地に顧客を送り届ける事。通関は範疇外、と考えるのが普通。だが、この運転手は、そうではなかった、、。差別化の機会、いろんなところに転がってる。

この乗り合いバン業界、中国旅行社、環島など、激戦だ。が、どこも画一的なサービス。ちょっとした差で、一人勝ち出来ると思う。でも、すぐ真似もされるだろうが。



2月26日(日)バングラデシュ⑥「比較対照」

現地の人に聞いたが、今のバングラ、韓国製、日本製の薄型大型テレビが売れるようだ。それと同時に、国産の「白黒テレビ」、これの売れ行きも悪くないとの事、、、。バングラデシュの社会は、一握りの富裕層と、その他大勢の貧困層、これで成り立っている。国を良く知るためには、これらの比較が必要だ。ところで、バングラ人、隣の兄貴分のインド人に比べて、おとなしくて、シャイだ。場所によっては、外国人が珍しいのか、じろじろ見る。が、それだけ。インド人のように、積極的に話しかけたりはしない。また、右隣のミャンマー。こことは、工場誘致、投資先、これらでかち合う。投資場所を、ミャンマーにするかバングラにするか、頭を悩ます人が増えるだろう。それから、面白いところではブータン。お金の力が如実に表れるバングラに対して、経済発展よりも個人の幸せを追求するブータン。この比較も面白いだろう、、。大国やユニークな国に囲まれたバングラデシュ。比較対照する事で、その面白み、益々増す。

ダッカ⇔ブータン間は、ブータン航空が定期的に飛んでいる。この2個所を回って、「人(生)について考える」。いい商品になりそうだ。ところで、1週間弱の滞在だったが、バングラデシュ、十分楽しめた。また、行ってみよう。

ブリゴンガ川の船着場。次回行く時は、少しはきれいになってるだろうか。



2月25日(土)バングラデシュ⑤「会員制クラブ」

バカラでは、一番大きな額を賭けた人間が、カードをめくる権利を得る。このカードめくり、一度味わうと、病み付きになるようだ、、、。すごい物を見せてもらった。現地の人達に、連れて行ってもらった会員制クラブだ。ものものしいチェック後、中に入ると、たくさんの部屋がある。その中で、女性が唄ったり、踊ったり。入った部屋では、ベンガル女性が、インド音楽にあわせて、踊っていた。それを見ながら、客が酒を飲む。ところで、面白いのは、歌手や踊り子へのチップの渡し方。例えば、バングラの最高通貨1000タカ札(1300円程度)。これをまとめて渡すのではなく、1枚1枚渡す。それも、30-50枚も。当然、結構な時間がかかる。客が、延々と渡し続け、歌手はそれを延々と受け取る。このような光景、あちこちで見られた。1000タカでも、50枚渡すと6万強。一晩だと、4-60万程度は使うだろう。ちなみに、バングラの4-60万は、日本の4-600万の感覚だろうか、、。カードめくりと同じように、このチップ渡しも、病み付きになるのだろうか。

現地知人に、「チップを渡さないのか」、と聞いたら、「easy moneyはeasy out。しかし、俺のは、ハードワークだから、簡単には外に出ない」、と言っていた。健全な感覚だ。

ダッカにある、国会議事堂。政治家も、このようなクラブに行くのだろうか。



2月24日(金)バングラデシュ④「企業戦士」

知ってる会社が、ダッカ郊外に工場を出した。昼過ぎから、その工場見学に出かけた、、、。小奇麗な作りのこの工場、中に入ると、ベンガル人のワーカー達が、「こんにちはー」と挨拶してきた。日本人の工場責任者に話を聞いたら、挨拶に関しては、特に厳しく指導してるようだ。だが、挨拶の習慣のないベンガル人への教育、本当に大変とか。あと、ここで面白いのは、ワーカーに対しての、フォーク、ナイフの無料支給。それも、家族用にもと、6セット支給。理由は、ベンガル人の食生活。カレー等を、手で食べる習慣のベンガル人。これだと、手にカレーの匂いが残る。その手で作業を行うと、商品にも匂いがつく。この匂いがつかないように、ワーカーの食生活から変えていってるようだ。石鹸で何回も手を洗わせ、手袋も着用させるとか、、。異国の、しかも、文化、習慣の違うイスラム圏での工場管理、その大変さも半端じゃないのだろう。

酒も飲めないし、娯楽も少ないバングラでは、自然と仕事付けになるとか。大変だけど、何かを作り上げる喜びが、あるのだろう。この管理者、辛口の言葉とはうらはらに、とても生き生きとしていた。

手で食べる、ベンガル人。(これ、結構難しい。)



2月23日(木)バングラデシュ③「グラミン銀行とユヌス氏」

グラミン銀行は、1983年にムハマド・ユヌス氏によってダッカに開かれた銀行。主に、農村部で、マイクロ・クレジットという、貧困層への無担保融資を行っている、、、。紹介を受けたバングラの人達と、飯を食ってると、マイクロ・ファイナンスの話になった。彼らに言わせると、このマイクロ・クレジット、結構失敗例もあるとの事。5人組連帯責任のこの制度、無担保融資というメリットはあるが、ネックになるのは、30%近いと言われる、その高金利。借入金の返金ができずに、土地、家等を没収されるケース、よくあるようだ。ところで、このユヌス氏と米国国務長官ヒラリー・クリントンは、大学の同級生らしい。ユヌス氏の招きで、バングラにも来たようだ。数年前の、ユヌス氏のノーベル平和賞受賞、多分にクリントン家の後押しがあったとか。彼ら曰く、「ノーベル経済学賞ではなく、平和賞と言うのがおかしい。平和賞は、いつも得体の知れない人がもらう」、とも、、。どうも、地元でのユヌス氏評、賛否両論があるようだ。

ところで、地元のニューエイジ紙には、ユヌス氏が世界銀行の総裁になるとかどうとか、書かれていた。これって、「栄転」、それとも、「左遷」。

聳え立つ、「グラミン銀行」本社ビル。



2月22日(水)バングラデシュ②「交通渋滞」

香港在住の知人から紹介を受けた会社に、11時にアポを取った。幸い、宿泊ホテルからは、10分程度と聞いている。が、ちょっと余裕も持って、20分前に出発した、、、。ところで、ダッカの街の交通渋滞、半端じゃない。車に、CNGと呼ばれる三輪タクシー、モーター・バイク、リキシャ等がひしめきあっている。そのため、道はいつも混む。ところで、アポの場所に、現地知人に送ってもらったが、なかなか車が進まない。通常は、10分以内で行ける所が、30分以上余分にかかり、訪問先に辿り着いたのは、11時半前後。30分近い遅刻をした。かと思えば、混雑を予想して早めに出たら、予想外にスムーズに着き、近くの喫茶店で時間をつぶす事もあった、、。気まぐれなダッカの街の交通。訪問時間の決め方、とても難しい。

ところで、紹介された現地の人が言っていた。「混雑を理由にアポの時間にいい加減な人が大半。だが、中にはきっちりしてる人達もいる。このような人達、一様に仕事もうまくいっている」、と。確かに、そうだろう。

自転車で荷物を運ぶ子供。まだ、10歳ぐらいだろう。



2月21日(火)バングラデシュ①「空港ビザ」

ガイドブックには、「バングラデシュには、必ずビザを取って行くように」、と書かれている。たが、昨年ここを訪れた知人は、「アライバル・ビザが取れた」、と。この知人の言葉の方を信じ、ビザなしで行く事にした、、、。香港では、搭乗前に捕まった。空港係員が、何箇所か電話連絡、やっと飛行機に乗る事が出来た。次に、バングラでの空港ビザ申請。まず、ウエスタン・ユニオンで、51USDを払う(1ドルは、付加価値税)。領収書をもらい、入管でパスポートを提示。すると、地元の人間が、「日本人はビザが必要ない」旨を、係員に話してくれ、結局51ドルは返金された。どうも、最近、日本人のみ、ノービザでの入境が可になったようだ。入管員からは、宿泊ホテルを聞かれ、30日以内の滞在ならOKと伝えられた。後ほど、パスポートを見返してみたら、実際、ビザなしで入境印が押され、手書きで30DAYSと書かれていた、、。人によって、言う事が全然違ったバングラのビザ、結局はノービザでOKだった。

ただ、今回ノービザでOKだったからと言って、次回そうとも限らない。次行く時は、事前にビザ取得してから行こう。この国では、それが無難だ。

何故だか、空港内のウエスタン・ユニオンがビザ代集金を代行していた。



2月20日(月)「バングラデシュ」

数年前、家族でダッカに赴任してたいとこから、遊びに来るように勧められた事がある。が、その当時は、バングラデシュに行く事なんか、露ほども考えてなかった。そのバングラに、今日の夜から行く、、、。ミャンマーに通うようになって、よく比較されるのがバングラデシュ。例えば、縫製工場の数は、バングラ1000に対して、ミャンマーは200強。ワーカーの工賃は、ミャンマーのUS45-60に比べて、バングラは30-45。この数字だけで比べると、工場拠点としては、圧倒的にバングラに分がある。ただ、「識字率が低いから教育が大変」とか、「定期的なアラーの神へのお祈りで、生産性があがらない」とか、いろんな話がある。だが、これらの話、本当かどうかわからない。と言う事で、実際に見に行く事にした。ダッカ駐在だったいとこは、日本に帰任したが、このいとこのルートを元にバングラを回る、、。「繊維工場」、「マイクロファイナンス」、「フェアトレード」、興味を引く件は幾つもある。どんな面白い事を見れるか、楽しみだ。

と言う事で、次回のブログ更新は、バングラから戻る26日になる。無事戻って来れれば、の話だが。



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