9月30日(火)「香港民主派デモ」

先日のバンコクでのデモ、地元の人間は驚くほどのんびりしていた。「バンコク市内戒厳令発動」とか聞くと、「えっ」と思うが、地元の日本人は、「通常と何ら変わらない」と、平然と話していた、、、。香港が揺れている。民主化支援の学生、市民が、香港の繁華街を占拠。座り込みによるデモ隊の数は、増え続けているようだ。当初は平和的抗議活動だったが、警察当局が最榴弾を使った事から批判が拡大。デモ参加者も、拡大してるようだ。この民主派のデモ、2017年導入される普通選挙のやり方に対する抗議。建前上は普通選挙だが、「指名委員会」の賛成を得ないと立候補出来ず、「真の普通選挙ではない」という事だろう。ところで、今回のデモ、幾つかの繁華街で行われているが、一般市民が生活を営む上での弊害は少ない。周囲からは「香港、大丈夫」との連絡が入るが、これバンコクのクーデターと同じような状況。一歩デモ占拠地を離れると、通常の生活が営まれている、、。明日10月1日から、中国の国慶節。中国当局、どのような行動に出るのだろうか。

この国慶節休み、大陸からの人で賑わうと思うが、一体どうなるのだろう。



9月29日(月)「生活の知恵」

東莞市在住の先輩と、飯を食べた。この先輩の仕事は、工場建設。依頼があれば、広東省中のあらゆる場所に出かけていく、、、。ところで、この先輩、タクシーやローカルの人間の多いエレベーターの中で、「何人?」と聞かれたら、「韓国人」と答えるようだ。理由は、日本人と答えると、日本贔屓と思われる半分ほどの人達から、質問攻めに合うとか。「東京に行った事がある!」から始まって、「どこの和牛がおいしい?」とか、「どこに行けば、楽しめる?」とか。日本に対して好意的な人達だが、それだけ質問も多く、面倒に感じる事も多いとか。また、残りの半分は、日本に対して不快な思いを持つ人達。「尖閣」、「日本の教科書」と、難癖をつけてくる人達も多いようだ。で、この先輩、タクシーの中などで、「何人?」と聞かれたら、「韓国人」と答えるようだ。すると、この答えを聞いた中国人達からは、次なる質問は、ほとんど飛んでこないとか、、。この韓国人という回答、今度、どこかで試してみよう。

確かに、タクシーの中で、饒舌に喋られ過ぎるのも面倒だし、露骨に敵意をむき出しにされるのも困る。長年の生活から生み出された知恵なんだろう。



9月28日(日)「異常な込み方」

先日の東京、香港までの荷物を抱えながら、客先に向かった。朝のラッシュ時で、山手線の込み方は、「まあーしょうがないか」という感じだったが、その後の銀座線の新橋駅での込み方は異常。ホームに降りられない人達が、駅の入口近くまで溢れていた、、、。余りに混んでる光景を見て、違う方法をと考えたが、アポの時間は迫っている。仕方なく、荷物を抱えながら、異常な混み方の列に並んだ。電車が到着する毎に、並んだ列は少しづつ前に進む。この作業を繰り返しならが、やっと電車に乗り込む。が、ここも物凄い人の数。キャリーバッグが、満員電車の中では邪魔になる。中には、露骨に嫌な態度を向ける人もいた。この異様な込み方、隣駅の虎ノ門でかなりの人が降りたので、大分楽になったが、これ一種のミニバトル、、。満員電車になれない身には、かなりのハードな時間。東京の地下鉄の凄まじさを感じるとともに、たった1駅だったら、「歩いた方が楽で気持ちいいだろうに」、と思わせる光景だった。それにしても、すごかった。

新橋ー虎ノ門間、歩いて15分程度だろうか。あの凄まじさを経験するぐらいなら、気持よく歩いた方がいいと思うのだが。どんなもんだろう。



9月27日(土)「三味線料理店」

先日、飯を食ったのは、東京の神楽坂。この街を訪ねるのは、それこそ20年ぶりぐらいだった、、、。小雨の中、飯田橋から神楽坂に向かった訳だが、飯田橋の駅前も変わってきた。学生時代に訪ねた時の面影はない。が、通りを越えての神楽坂は、相変わらずの昔ながらの感じ。古いお店が多い。先輩が、この神楽坂の脇に入った店に連れて行ってくれた。この店、古い味のあるたたずまいで、一見で飛び込むには、勇気の要る店。客席10席程度のこじんまりとした造り。カウンター越しに、給仕がサービスする。なかなか、味わい深い雰囲気。ところで、ここで80歳近いオーナーの女将さんが、三味線を披露した。客の中には、この三味線が聞きたくて、お店に来る人も多いようだ。が、女将さんが言うには、「贔屓な客が年を重ね、少なくなった。最近の若い子は、この手の古い店にはやってこない。リピーターが育たない」と嘆いていた。この店の雰囲気に三味線、人を惹きつけるには十分だと思うのだが、、。古くて良きものは、後々に伝えていきたいものだ。

その時々の気持ちで、三味線の音色も大きく変わるらしい。何とも味わい深い音色だった。



9月26日(金)「東京一極集中」

今回、1週間の日本滞在だったが、国内線の利用回数が6回。結構な数だ、、、。国内線の利用回数が多いのは、地方間のいい乗り継ぎ便が少ないため。どこの都市も、羽田や伊丹だったら、本数も多いし、いい時間で移動を組める。ところが、これが地方都市間になると、途端に本数が限られる。まだ飛んでるのはいい方で、全く就航してない区間も多い。そうすると、九州や東北に飛んだ場合、面倒でも、一旦東京に戻り、また翌日出直す、これの方がよくなってくる。今回は、地方都市3都市と羽田の日帰りが3回。夜、寝るために、東京に戻ってきたようなものだ。これらの事で、思われるのは、日本の東京一極集中。この言葉、なかなか実感する機会がなかった。が、今回、地方都市と東京都のアクセスの良さ、それに比べて、地方間移動の不便さを感じるにつけ、この言葉を実感出来た、、。地方の活性化が叫ばれる今、地方間のアクセスを良くすれば、自然と交流が増え、地方の活性化につながると思うのだが。どんなもんだろう。

地方の活性化、どんな形で進めていくのだろうか。



9月25日(木)「ツクツクボウシ」

四国の松山を訪ねた。その際、ちょっとした空き時間が出来たので、松山城を見に行った、、、。この松山城、高台にあり、ケーブルカーかロープウェイで登る形になる。近くに山も海もある松山市街の眺めは、絶景だ。ところで、この松山城を駆け足で回りながら、耳についたのが、ツクツクボウシの鳴き声。ツクツクボウシというと、夏の終わりから秋のはじめにかけて鳴くセミ。久々に、「ツクツクボウシ、ツクツクボウシ、、」の鳴き声を聞いた。だいぶ昔だが、このツクツクボウシの鳴き声が聞こえ始めると、長かった夏休みも終わり、そろそろ新学期。「嫌だなー」と思っていた小学生時代を思い出した。あの当時は、動きの鈍いクマゼミやアブラゼミには目もくれず、素早い動きのツクツクボウシだけを捕まえて回ったものだ。今は、9月の後半。まさに、秋の真っ最中。まだまだ暑い松山城を歩きながら、変わりゆく季節を感じる事ができた、、。ツクツクボウシの鳴き声で、何とも清々しい気持ちになれた。貴重な時間だった。

そう言えば、セミの鳴き声を聞く機会も、めっきり少なくなったなー。



9月24日(水)「日本で会う外国人」

海外に住んでるからか、外国人の知り合いが多い。が、これらの外国人、香港、中国かそれ以外の外国で会う機会が多く、日本で会う機会は、さほど多くない、、、。今回、沖縄で紹介された中国人。沖縄の大学に留学してから、19年が経つようだ。そのため、流暢な日本語を喋る。が、驚くのは、日本で沖縄の歴史についてまとめた本を出版してる事。沖縄の歴史、沖縄と福建省との交流、これらを日本語で解説している。また、ミャンマー在住のミャンマー人の知人とも、今回タイミングがあったので、久々に会った。時間にして40分程度。短い時間だったが、ミャンマー以外でこの知人と会ったのは始めて。新鮮な感じがした。また、知人から紹介を受けたネパール人は、都内でカレー店を営む。その堅実な商売もそうだが、「日本に滞在するネパール人が20万人程度いる」との話を聞いて驚いた。この数字、中国、韓国についで多いらしい、、。と何やかやで、外国人と合う機会が多いが、日本で彼らと会うのも面白いものだ。

ごく普通に、外国人と会う機会が増えたのは、それだけ国際化が進んでると言う事なんだろう。



9月23日(火)「ゲルのモンスター」

国内線の移動の合間に、大型テレビを見ると、大相撲中継を行っている。その中に、まだざんばら髪だが、小山のような大男が映っていた、、、。この大男、まだ入幕5場所目とか。192センチで体重199キロ。四股名は、逸ノ城。若干21歳だが、異様に落ち着いている。左上手を取ったら、強引に振り回す。かと思えば、不利な体勢の時は、じっくりと辛抱する。この秋場所は、まだ1敗。優勝戦線に名を連ねている。ところで、この逸ノ城、モンゴル出身だが、他の力士のようにウランバートルの出身ではない。定住の家を持たず、山羊や羊を追い立てながら住居を転々とする生粋の遊牧民とか。その絵になる生い立ち、一目見ればなかなか忘れない堂々とした体格、その風貌とは似つかわしくない可愛らしいしゃべり方。この逸ノ城、スターになる素質満点だ。それどころか、今場所、優勝はないにしても、横綱、大関との対戦で、大番狂わせを引き起こす可能性は十分にある、、。ゲルのモンスター、とことん強くなっていくのだろう。

この逸ノ城、余りにも強く見えるので相手力士への声援が多い。憎たらしいほど強い力士に育って欲しいものだ。



9月22日(月)「蒸気アイマスク」

先日、航空会社のラウンジに入ったら、小さな袋を渡された。何だろうと見てみると、アイマスクだ。「蒸気でホッとなアイマスク」、と書かれている、、、。深夜便で日本に飛び、その後の国内線だったので、疲れをとるには丁度いいと、このアイマスクを試してみた。暫く、このアイマスクを目に当てると、蒸気が出てきて温かくなってくる。40度ぐらいまでなるようだ。このアイマスクをはめたまま、30分ほど熟睡した。ところで、このアイマスク、どれぐらい使用できるのか。1回だけなのか、それとも4−5回使用できるのか、はたまたもっと使えるのか、説明書をみてもどこにも書かれてない。蒸気の暑さが伝わるのが限られているので、1回限りの使用なのだろうが。ところで、各航空会社、このアイマスクを顧客に提供すれば、喜ばれると思う。特に、長距離フライトの場合、いかに熟睡するかが大事。この蒸気のアイマスク、目の周辺が温まり、熟睡するにはうってつけだと思われる、、。今回、国内線での移動が多い。この蒸気アイマスクに、頑張ってもらおう。

体が温まると眠くなる。何とも不思議だ。



9月21日(日)「ふてぶてしさ」

深夜便で東京に移動した。この際、知人2人が同じフライトだと言う。タイミングが合えば空港で会いましょう、と言う事になった、、、。いつも飛行機には直前に乗り込むが、この日は知人もいる事だし、出発の1時間前に搭乗口に向かった。が、知人の2人、どこにも見当たらない。そのうち、皆が並び始め、機内に入っていく。搭乗口には空港係員しかいない状況。しびれを切らし、機内に入った。ところで、出発時刻の5分ぐらい前になって、機内で呼び出しがあった。「◯◯様と◯◯様、いらっしゃいましたら、近くの係員までお申し付けください」と。彼らが、空港で会う予定の二人。このアナウンスの数分後、この二人が悪びれる事なく、堂々とした態度で入ってきた。目で合図を送ると、外国歴訪の政治家のように片手を上げながら、機内を歩いて行った。変わった事の好きな知人だから、「怒られない程度に、いかに遅く機内に乗り込むか」、このような事でも試していたのだろう、、。皆の迷惑そうな視線をものともしない、彼らのふてぶてしさ、たのもしくもあった。

この二人が乗り込んだのが、このフライトの出発時間。先に飛び立たれても、文句は言えなかっただろう。



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