7月31日(月)「充実の南ア旅行」

今回のアフリカ旅行、1週間で5カ国。エアーの移動が6回に、車での国境越えが2回。「かなりハードかな~」と思っていた、、、。忙しい日程という事は間違いないが、さほど疲れを感じなかった。「何故かな~」と思い起こしてみると、各々のスポットが個性的で、飽きなかったのがその理由のようだ。圧倒的な迫力のナビ砂漠に始まり、歴史を思わせるケープタウン。これまた筆舌し難いビクトリアフォールの眺めに、チョビで目にしたたくさんの個性的な動物達。また、その出入りで利用したヨハネスブルグの街の迫力も相当なものだった、、。1週間という短い期間だったが、密度の濃い充実した毎日を過ごす事が出来た。また、次回のアフリカを楽しみにしておこう。

今回行きそびれた「レソト」、「スワジランド」、「モザンビーク」。行くのは何年先かな~。

<可愛いアフリカの子供達>



7月30日(日)「スパイ容疑」

ジンバブエのビクトリアフォールからヨハネスブルグに移動。このヨハネスブルグ、南アフリカのハブ。そのため、空港利用者も多い。が、ヨハネスブルグは、誰もが知る治安の悪い街。そのため、ここを素通りにする人が多いようだ、、、。出国手続きを終え、外に出てみた。待ち合わせポイントはかなり広い。出迎えに来てる人、ホテル関係者、輸送業者、タクシー運転手等で、空港出口はごった返している。その中に、黒いスーツに身を固めた2−30人の一団が一列に並んでいる。VIPかマフイアの親分の出迎えかと、パチパチカメラで写していたら、空港警備員が飛んできて、尋問が始まった、、。さすがに、南アフリカ、空港の迫力も格別なものがある。

この黒ずくめの一団、映画の中のワンシーンのようだった。

<広々としたヨハネスブルグ・タンボ国際空港>



7月29日(土)「三重苦」

ジンバブエのビクトリアフォールからボツアナのチョビに移動。今回のアフリカで始めてのサファリに出かけた、、、。夕方からのボートサファリと早朝のゲームサファリに参加。両方とも十分に楽しめたのだが、早朝のゲームサファリ、ちょっと大変だった。まず、朝の6時前という事もあるが、ジープががんがんに飛ばすオープンウィンドの車内は、かなり冷える。毛布が必要品だ。次に、道の悪いところを飛ばすため、車のアップダウンが半端じゃない。ずり落ちないようにするので大変だった。それに加えて、眠気覚ましに珈琲をがぶ飲みしたのと寒さから、トイレに行くのを我慢する事、ホント往生した、、。間一髪でトイレの最悪ケースを回避したが、寒さにアップダウンにトイレの我慢。大変な3時間だった。

しかし、トイレの我慢がこれほど大変とは。久々の経験だった。

<水辺でくつろぐ鳥。なんか神秘的な感じだ>



7月28日(金)「ヘリコプター遊覧」

ジンバブエのガイドから、熱烈にヘリコプター遊覧ツアーを勧められた。12分の飛行で150米ドル。ちょっと高いかと思ったが、空からビクトリアフォールを写すのも面白いかと、参加してみた、、、。ところで、このヘリコプター遊覧、7人が1セットになる。まず、各々の体重測定から始まって、飛行遊覧場所の確認。その後、ひとりひとりが、英語で簡単なコメントを出す。それから、飛行が始まる。その後飛行が終わってから、今度は別室で試写会だ。何とここに、先ほどの各々の体重測定から始まって、飛ぶ前の各自のコメント等が上手に差し込まれている、、。この編集された動画データのコピーが、なんと50米ドル。が、値段に厳しい欧米人がこぞって買っていた。このヘリコプター会社、かなり儲かってる。

<壮大なビクトリアフォール。空からの眺めも素晴らしかった>

動画の編集が上手だと、結構売れる。いい勉強になった。



7月27日(木)「ライバル」

朝、ケープタウンから、ジンバブエのビクトリアフォールまで移動した。ジンバブエとザンビアにまたがるビクトリアの滝は、世界三大瀑布の一つ。幅1700メーター、最大落差108メーターの巨大な滝だ、、、。ところで、このジンバブエとザンビア、観光客を奪い合うための競争も熾烈だ。その水量の多さや、流れる滝の迫力が売り物のジンバブウ側に対して、ザンビアのリビングストンの売りは、滝の上で泳げたり、滝壺まで降りられる事。先行したジンバブエに追いつくために、ザンビアは、イエローカードの提出を不要にする政策を打出してる、、。世界中から観光客の集まるビクトリアの滝。その顧客獲得に於いて、日々熾烈な競争が行われている。

<圧倒的迫力のビクトリアフォール>

特に、ジンバブエ側からの滝の流れは圧巻。一生に一度は見ておきたい代物だ。



7月26日(水)「英語ツアー」

「ケープタウン」と言うと喜望峰。喜望峰とケープポイントを訪ねるオプショナルツアーに参加した、、、。このオプショナルツアー、参加者が、ジャマイカ系米国人ファミリーとオランダ人。日米欧の人が集まった事になる。ところで、オランダ人の英語は分かりやすかったが、ガイドの南アフリカの女性とジャマイカ系の米国人、彼らの英語はわかりにくい。度々話を振られたが、内容を理解するのに難儀した。この際に役立ったのが、キーワード名刺とたまに使う「RIO」というイングリッシュネーム。名前をすぐ覚えてもらえるし、キーワード名刺にお陰で、いろんな質問が飛び込んできた、、。ケープ半島の観光も楽しめたが、米国人、南ア人とのやり取りも面白かった。これ、いい経験だった。

<最南端にある「喜望峰」>

1490年過ぎのバスコ・ダ・ガマの喜望峰発見から、600年強。文明の進化は驚くべきものがある。



7月25日(火)「しつこい物乞い」

昼過ぎ、ナミビアのワルヴィス・ベイから南アフリカのケープタウンに移動。夕方、ホテルチェックイン後、街の散策に出かけた、、、。このケープタウン、ちょっと見た感じが、香港やシンガポールと似た感じ。コロニアル風の威厳のある建物が目に付く。傍目も気にせず、カメラでパチパチ写していたら、中学生か高校生ぐらいの男の子が近寄ってきた。「少しでいいからお金をくれ」、「家族が生きていけない(生活出来ない)」等々、くっついて来て離れない。急ぎ足で歩いても、付いてくる。少額でも払ったら負けと、無視して歩き続けたら、10分ほどしてからだろうか、アフリカ語での捨て台詞とともに立ち去って行った、、。ここはアフリカ。薄暗いところを観光客風に動いていてはいけない。いい勉強になった。

<コロニアル風に威厳ある建物>

始めてマニラに行った時、しつこい物乞いに遭遇したが、今回のはあれに匹敵する。もっと気を付けないと。



7月24日(月)「過酷な環境」

砂漠のナミビアでは、雨が降るのが12月から3月まで。それも、一時的に降ってすぐ止むような降り方のようだ、、、。砂漠の気候は過酷だ。冬場のこの時期(ここは南半球)は、日の出とともに気温があがり始め、日中は20度以上。日差しも強い、が、これが日が沈み始めると急に冷え始め、5度ぐらいまで下がる。夏場だと、日中の気温が50度近くまで上がるようで、夜は冷え込む。それに加えて、雨がほとんど降らない。この雨が降らない状況は、人間にとっても過酷だが、他の動物や植物にとっても同じ。そうした厳しい環境下で動植物が生き続ける姿には、感動すら覚える、、。厳しい環境下に接して始めて、日々の恵まれた生活に思い至る。いい経験だ。

<美しいナミビアの夕陽>

ところで、ナミビアの夕陽と夜空の美しさは筆舌し難い。必見だ。



7月23日(日)「ナミブ砂漠」

もう20年以上前だが、先輩が九州の実家を訪ねた時、「この辺は、田舎だな~。車で15分走っても家が1件もない」と言った事を覚えている、、、。国土の80%以上が砂漠のナミビア。ナミブ砂漠には、絵葉書によく登場するデューン45や最深部には「ソススフレイ」がある。このソススフレイ、300メートルの高さの砂丘群が延々と続く姿は圧倒的な迫力。砂漠の真ん中に白く干上がった湖との対比は、この世のものとも思われぬ美しさだった。ところで、このナミブ砂漠のメリットはこれだけでなく、延々車で走り続けても、全く住居が見当たらない事。住居どころか、1時間ぐらいすれ違う車も人もなく延々走り続けていたような気がした、、。非日常に出逢うのが旅の醍醐味なら、まさにナミビアはうってつけの国だ。

<延々と連なるナミブ砂漠>

「15分走って家が1件もない」と言った先輩、このナミブ砂漠を経験したら、どんな反応をするのだろうか。今度、勧めてみよう。



7月22日(土)「南アフリカ航空」

南アフリカのヨハネスブルグ経由で、ナミビアの首都ヴィントフックに入った。ところで、南アフリカ近隣諸国への移動は、「南アフリカ航空」を利用する事になった、、、。この南アフリカ航空、初めて利用したが悪くない。機材も新しいし、席もゆったりしている。グランドスタッフやクルーのサービスも悪くない。「まあまあいい航空会社だな」と思ったが、1つ2つ「えっ」と思う事があった。朝9時半発の便で、昼食のサービスがある。が、先に食事が出されて、なかなか飲み物が出て来ない。その旨クルーに聞いたら、食後に飲み物は運ぶと。アフリカでは、食事が先で、例えジュース類であっても飲み物は後とか、、。アフリカの人達の間では、「飲む事と食べる事は別々の作業」という事がわかった。いい勉強になった。

<尾翼が派手な南アフリカ航空>

後、この南アフリカ航空、離直陸に携帯の電源を切るように厳格に求める。この件にも、「えっ」と思わされた。アジアとアフリカの航空会社、その対応、結構違う。



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