11月3日(金)「高齢化社会を実感」

今回、父親が亡くなった訳だが、享年90。まさに大往生だった、、、。ところで、数えで90の父親の親類縁者、通夜や葬式参列者にも高齢者が多かった。そのため、あちこちで物忘れが続出した。「財布をどこかに忘れた」に始まって、「着て来たジャケットが見当たらない」とか、「ネックレスが見つからない」、「僧侶に渡すお布施をどこに置いた?」等々(いずれも大騒ぎをしたけど、後ほど出てきた)。また、参列予定者が、「移動中にモノを無くして参列できなくなった」というのもあった。今回のは特別だったかもしれないが、通夜、葬式等を通して、今の日本の高齢社会の実体を垣間見る事が出来た、、。いずれにしろ、貴重な経験をさせてもらった数日間だった。

なかなか実感出来なかった日本の高齢化社会だが、今回は強く意識させられたなあ~。



11月2日(木)「諸々の手続き」

通夜と告別式が終わり、遠方から来た人達を見送り、「これで一段落」と思ったが、そうではなかった、、、。今度は、葬儀後に行わなければならない手続きが山積みだ。まず、国民年金、厚生年金、共済年金などの年金関係の処理。それから、国民保険、労災保険、生命保険等の保険関係の処理。その後、電気、ガス、水道等の名義変更。それから故人の確定申告手続き。そして、相続税の申告に、預貯金の名義変更。それから、不動産の名義変更等々。簡単に出来るものもあるが、役所に聞きに行ったり、業者に頼まないといけないものもある、、。こうして見ると、葬式終了後もやらなくてはならない手続きが山盛り。しかし、残された人間には、忙しいぐらいがいいのだろうな~。

しかし、こうした手続、煩わしい反面、いい勉強にもなりそうだ。



11月1日(水)「告別式」

「通夜」が終わると次に行われるのが「告別式」。通夜の翌日に告別式を行った、、、。この告別式、まず僧侶が入場し、読経を読む。その間、参列客が焼香。皆の焼香が終わると、僧侶からの話。音楽演奏等があってから、親族代表の挨拶。そして出棺。その後、火葬場に移動して、火葬。その後、拾骨、骨上げ。僧侶の法要が終わってから、精進落しの食事。朝10時から始まって、すべて終わるのが15時過ぎ。かなり密度の濃い時間だった。しかし、安置されていた父親の体が、数時間の火葬の後に、遺骨として現れた時は、「なんとも言えない人生の無常(はかなさ)」を感じさせられた、、。いろんな感情を湧き上がらせてくれる告別式。何とも奥深い。

先人の(生活の)知恵には、ホント驚かされる。



10月31日(火)「半通夜」

「通夜」と言うと、親類縁者が集まって故人と最後の夜を過ごす事。「朝まで、寝ないで起きていないといけないな」と思っていた、、、。ところで、この通夜や告別式、地域地域によってだいぶ違うようだ。以前参加した関東での通夜は、親類縁者などの弔問客が終わっても、親類縁者で真夜中までワイワイしていた(記憶がある)。が、九州の田舎での通夜だと、そんなに遅い時間に弔問客が訪れる事はない。そのため、夜6時後から2−3時間程度で終わる「半通夜」と呼ばれるものが一般的だとか。そうは言っても、故人も寂しいだろうから、眠い目をこすりながら、何とか朝までお付き合いした、、。故人と過ごした通夜の一晩、貴重な時間だった。

親類縁者が故人の話題で、食事し酒を酌み交わす。通夜は、娯楽のない時代の一つのイベントだったのだろう。



10月30日(月)「訃報」

実家から連絡が入った。「入院中の父親が意識不明に陥り、真夜中に亡くなった」と、、、。月曜はいくつかのアポが入っていたが、取り敢えず空港に向かった。アポの相手先には、ドタキャンのお詫び。何とか、11時の福岡行きに飛び乗った。一刻でも早く実家に辿り着きたかったが、博多から新幹線で移動。その後、ローカル路線に乗り換え、実家に辿り着いたのは、夜の20時前。かれこれ、香港空港に向かってから、10時間強の時間を要した。今まで香港と実家との距離を長く感じた事はなかったが、今回ばかりはタクシーや電車を乗り継ぐ度に、その距離の長さを痛切に感じさせられた、、。と言う事で、ヤキモキしながらも移動に費やした1日だった。

しかし、「人は、事実として(身内の不幸を)受け止めても、なかなか実感できるものではない」、そんな事を感じさせられた。