4月30日(火)「麻辣プリッツ」

「グリコプリッツ」というと、細長い棒状のお菓子。ちょっと塩辛いが、子供でも食べられる美味しいお菓子だ、、、。ところで、誰が持ってきたのか、このプリッツが家に置いてあった。数日間のアフリカ料理に飽きたところだったので、早速このプリッツをオープン。食べてみた。が、これかなり辛い。じわりじわり口の中に辛さが染み渡ってくる。「何だ?」とよく見てみると、グリコのプリッツでも、「川香麻辣鍋風味」とある。何と、グリコが売り出した(中国)大陸の人用のグリコプリッツだった。これ、デザインも秀逸で食べやすい。後は、肝心の味が、大陸の(特に四川の)人達に受け入れられるかだが、人気商品になりそうな気がする、、。「麻辣プリッツ」、注目だ。

今晩は、定期的な「辛い会」が開催される。皆に、この麻辣プリッツ、紹介しょう。

<麻辣プリッツ>



4月29日(月)「一帯一路首脳会議」

中国一帯一路の首脳会議が、先日北京で開かれた。この首脳会議、合計38の国と国際機関の首脳が参加した、、、。この首脳会議には、ロシアのプーチン大統領や国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が参加。彼らとともに大きなもてなしを受けたのが、カザフスタンの前大統領のナザルバエフ氏とブルネイのボルキア首相。記念撮影では習国家主席の横に位置し、中国側の格段の気の使い方を思わせた。中国の隣に位置する資源国家のカザフスタンはわからなくもないが、中国とは国境を接してないイスラム国家のブルネイ。そこの首相の厚遇ぶりには、「あれっ」と思った、、。中国とブルネイ、意外に深い付き合いなのだろうか。

世界屈指の大富豪のバルキア氏。いろんな付き合いがあるのだろう。



4月28日(日)「団結心とネットワーク」

今回のエチオピア、及びジブチ、ソマリランドの旅行、エチオピアでビジネスを展開する知人にすべて丸投げ。そうした意味では、今までと全く異なる形の旅行だった、、、。まず、宿泊が、知人が持つ幾つかの会社の施設。ここでは、たくさんの中国の人達が居住。食事も中華料理。久々に、寮生活の気分を味わえた。また、エチオピアの観光地やジブチ、ソマリランド。この知人のネットワークで、現地の人を紹介してもらい、アテンドしてもらった。そのため、駆け足ではあったが、各々の名所で、有意義で楽しい時間を過ごす事が出来た。しかし、この数日間で感じたのは、中国人の団結心とネットワークの強さ、、。海外(アフリカ)での中国企業の動きを間近で見れた。これ、ホントいい経験だった。

駆け足で走り抜けた9日間だったが、非常に貴重な時間だった。やはり、旅はいい。

<バハルダールの朝陽>



4月27日(土)「乗り継ぎ優先、荷物確認優先?」

ソマリランドのハルゲイサからエチオピアのアジスアベバに到着。「ランディングビザを取るために、早く並ばなくては」と気が急いていたが、空港内移動のバスがなかなか出発しない。そのうち、「1人の年配の女性の手荷物を、誰かが間違えて持って出た」という事がわかった、、、。ハブ空港のアジスアベバでは、トランジット客が多い。乗り継ぎの時間にもよるが、急いでいる人の方が多いと思う。そんな中、一人の女性客の荷物を誰かが間違えて持って出たという事が判明。空港職員も、急ぎ客が多いのは百も承知してるが、この年配女性の荷物の問題を片付けない訳にもいかず、だいぶ困っていた、、。これ、日本や香港の空港だったら、どう処理するのだろう。

そもそも、到着機がエプロンに着けば、こんな問題発生しないか。

<乗り継ぎ客で騒然となったアジスのボレ空港>



4月26日(金)「国それとも自治領?」

エチオピアでビジネスを展開する知人に、近隣諸国で訪ねやすい国を聞いたら、「ジブチ」と「ソマリランド」を勧めてきた。ところで、このソマリランド、国家なのかそうではないのか、よくわからないでいた、、、。知人曰く、「以前、海賊で慣らしたソマリア。最近は、だいぶよくなったようだが、まだまだ治安的に問題がある。が、ソマリアンドは安全」、と。という事で、ソマリランドを訪ねる事にした。ところで、このソマリランド、位置づけとしては自治領みたいなものなんだろう。ここに入境する際はビザが必要で、税関も通らなければならない。が、国際的に承認してるのはエチオピアだけ。国ではなく自治領という事であれば、納得がいく、、。国のような国でないような、面白い所だ。

ソマリア領内のソマリランド自治領、と言う事なんだろう、多分。

<人口100万、ソマリランドの首都ハルゲイサ>



4月25日(木)「間一髪」

ジブチでは、チャイナテレコムがローミングしない。まあ、WIFI環境があれば、WECHAT通話できるので問題ないな」と思っていた、、、。ところで、これ大きな間違いだった。ジブチーアジスーハルゲイサ(ソマリランドの首都)という移動のため、朝、ジブチの空港に向かった。エチオピア航空のチェックインカウンターでやり取りしてたら、「ソマリランドのビザ番号が違う。これだと、搭乗させる訳にいかない」と。よく見ると、「MZ○○○」のところが、「M2○○○」になっている。すぐ、(知人から紹介を受けた)現地アテンドする人間に連絡入れようとしたが、ジブチの空港内、WIFIも切れてるし、電話もローミングしないので、連絡出来ない、、。何とか間一髪、飛行機に乗り込むことが出来たが、神経使ったなあ~。

結局、エチオピア航空のマネージャーにお願いして現地に電話。緊急で、書類のパスポート番号を差し替えてもらい搭乗出来た。しかし、この作業、10分遅れてたらアウトだっただろう。

<ソマリランドの首都ハルゲイサのダウンタウン。地元の人の人混みが出来ている>



4月24日(水)「眼が燃える暑さ」

先日、中国人の知人が、在エチオピアの日本人を集めた食事会を行った。その際、近々ジブチに行く事を言うと、「暑さに気を付けてください。50度ぐらいにはなります。サングラスをかけないと、眼が燃えますよ」とか、「ジブチの税関員はたちが悪いようです。米ドルを見せないように」との、指摘を受けた、、、。早朝、アジスアベバからジブチに向かった。さすがに眼が焼けたら困るので、免税店にサングラスを探しに行ったが置いてない。仕方なしに、サングラスなしでジブチに入境した。すると、気温も35度程度。「ちょっと暑いな」と言う程度。入管も何の問題もなく通る事が出来た、、。噂話と実際とは、結構な隔たりがあった。

暑さや税関は噂ほどでもなかったが、街中で写真を撮ってるすぐ抗議される。これには、閉口した。

<ジブチは、エチオピアを数段貧しくした感じの街だ>



4月23日(火)「高山病?」

「バハルダール」から岩壁教会群の「ラリベラ」に移動。突貫で観光を済ませ、次の移動に備えた。が、何か頭が重い。この後、エチオピア周辺国への移動が待ってるのに、「ちょっとまずいな」と思った、、、。ラリベラの山の上のホテルから、街中にある空港に移動した訳だが、空港に着く頃には、頭の痛さが和らいでいた。これ、高山病だ。アジスアベバが標高2400メーター。ブーナイルの街バハルダールでも1800メーター。ラリベラは2800メーターとの事だ。そのため、朝のジョギングでも疲れが目立つし、何か重苦しい状況で過ごしていた、、。2400メーターのアジスでどうもなかったという事は、自分の場合は、2500〜2700あたりが、一つの判断基準になると言う事だろう。ちょっとした発見だった。

ところで、エチオピアの蚊は、動きが遅い。蚊も空気の抵抗が強くなるため、動きが遅くなるのだろう。

<有名な聖ギオルギス協会>



4月22日(月)「空港内で焚き火」

実家に帰った時の楽しみの一つは、家の外での焚き火(チリ焼き)だった。が、これ、数年前から役所がうるさいとかで、(自主的に)やらなくなった、、、。エチオピアのアジスアベバから、ブルーナイルの源流の街「バハルダール」に移動。ブルーナイルの滝や、タナ湖クルーズを楽しんだ。その後、このバハルダールから、岩壁教会群のラリベラに移動するため、バハルダールの空港に向かった。ところで、この空港内、何か煙っている。「ぼや(小火)か何か?」と思ったら、エチオピアコーヒーを売るため、酸っぱい匂いを周囲に充満させるための儀式だった。、、。世界広しといえども、空港内で焚き火が行われるのここぐらいだろう。貴重な体験だった。

公的機関の空港内で焚き火が出来る、エチオピアは、なんておおらかな国なんだろう。

<煙(匂い)が充満してる空港ロビー>



4月21日(日)「トモカ」

コーヒー発祥の地として有名なのは、エチオピアとイエメン。ヤギ飼いカルディ少年の話を基に、エチオピアの人達は、「我々こそがコーヒー発症の地」として考えている、、、。知人の事務所が入っているオフイスビルの1階にあるのが、地元でも有名な老舗コーヒー店の「トモカ」。何でも、1965年創業のお店のようだ。早朝、このトモカに入ってみた。このトモカ、テーブル席もあるが、地元の人達は、立ちながら雑談したり、新聞や携帯を画面を見ながらコーヒーを飲んでいる。この光景、イタリア人がバルでエスプレッソを飲む光景に通じるものがあり、かっこよく感じられた、、。滞在中、エチオピアのカフェ、出来る限りトライしてみよう。

このトモカの店内には、ブランコも置かれている。ブランコに乗りながら、コーヒーを飲む人、いるのだろうか。

<おしゃれな「トモカ」の店内>



次のページ »