4月12日(木)「BFC VS KFC」

キルギスの首都ビシュケクは、人口90万強。首都とは言え、こじんまりとした街だ、、、。このビシュケクのメインのチェイ通りを歩きながら、カフェやレストランを探すが、なかなか手頃な店が見つからない。理由は、言語表示がキルギス語とロシア語で表示されてるため。そうした中、「BFC」と表示されたファーストフードのような店が目に付いた。店名が英語表示なので、多少の英語も通じるだろうと入ってみた。すると、メニューはチキンバーガーなどのチキン料理に、ドリンク類。まさに、「KFC(ケンタッキー)」のそれ。「パクリだな~」と思っていたら、ユースバ・アブドゥラフマノヴァ通りのあたりでは、この2つが向かい合って営業していた、、。「BFC VS KFC」、勝つのはどっちだろう。

個人的には、BFCに頑張ってもらいたいが、どうなんだろう。

<ビシュケクで店舗展開を進めるBFC。>

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4月11日(水)「メイソウ」

ちょっと前だが、深センの地下鉄大劇院駅で待ち合わせの際、時間つぶしに「メイソウ」に入った。意外と面白い商品群と、サプライヤーに対して「商品の直接売り込み大歓迎!」という貼り紙に、「面白い会社だな」と思った、、、。カザフスタンのアスタナとウズベキスタンのタシケントで、このメイソウ店を見かけた。中央アジア全体で5000万人程度だろうか。人口的にはさほど魅力的な市場ではないと思うが、ここでは人気を博すだろう(売れるだろう)と思った。アセアン諸国より物価が安い中央アジア諸国。今後ゆるやかな経済成長を続けるであろうこれらの国々と、割りと綺麗で安価な雑貨を提供するメイソウ、相性がいいような気がした、、。中央アジアでのメイソウ店、今後、益々増えていくのだろう。

低所得層をターゲットにしたメイソウの店舗展開。儲かるのだろうな~。

<アスタナのモール内にある「メイソウ」店。>

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4月10日(火)「5日間8フライト」

今回の中央アジアを巡る旅。実質5日間で3カ国4都市を訪問。飛行会数は8回(香港ー北京の往復も含め)。かなりの強行日程だった、、、。当初は、もっと楽な日程が組めていたが、問題はキルギスタンのビシュケク。ここで何か、イベントが開かれていたのか、ビシュケク間のフライトが取れない。お陰で、中央アジアの国々を行ったり来たりする羽目になった。一番滞在時間が取れたのが、ビシュケクでの約30時間。一番短いカザフのアルマティは、14時間程度。しかし、時間がないとなると急いで街を見て回るので、時間の割には密度の濃い旅行ができた、、。という事で、もう香港の方に戻っているが、今週は、この中央アジアでの見聞き、思った事を書くことにする。

カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、国によってその特徴大いに異なる。面白い。

<タシケント旧市街の巨大なチョルスー・バザール。>

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4月9日(月)「空港両替窓口の昼休み」

もう何年前だろう。モスクワの空港に早朝到着。「入管の係員が作業中に居眠りをしてた」のは、今でも忘れられない強烈な印象が残っている、、、。乗り継ぎの関係で1泊したカザフスタンのアルマティから、ウズベキスタンのタシケントに移動。現地時間の13時前に到着。限られた時間という事で、急ぎ入国。現地通貨に両替してからホテルに向かおうとした。しかし、空港内に一つしかない両替所が閉まっている。何でも、昼休み時間と言う事で、14時まで閉まっているという。14時まで待つのも何なので、白タク運転手に交渉。ユーロ払いでホテルまで行ってもらう事にした、、。しかし、空港両替窓口が昼休みで閉まる。モスクワの入管員の居眠りに張るぐらいの印象深い出来事だ。

サマルカンドを抱えるウズベキスタン。観光客も多いはずだが、結構強気の対応だ。

<タシケント、ティムール広場のティムール像。>

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4月8日(日)「読めない、通じない、何もない」

ラオスの「ビエンチャン」は、特に何もないが、その物価の安さと住みやすさから、タイに長期滞在する欧米人に人気の街になっている、、、。キルギスの首都「ビシュケク」。新しい街だからだろうか、特に(観光資源が)何もない。また、キルギス語が全く読めない。それに加えて、地元の人が全く英語を理解しない。まさに、「何もない、読めない、通じない」街だ。それでいて、何だか居心地がいい。何だろう。物価の安さだろうか。それに、人々の顔立ちがよく日本人に似ている。街も、緑が多くてゆったりしている。それやこれやで、不自由さは感じるが、とても居心地のいい街だ、、。今回は、駆け足で抜けたが、またゆっくり訪ねてみたい街だ。

カザフスタンもそうだが、こちらは英語がほとんど通じない。学校では、英語ではなく、ロシア語を学んでるのだろうか?

<空港からホテルまでの運転手、チョウ・ユンファばりに爪楊枝を使っていた。ちょっと驚いた。>

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4月7日(土)「ナザルバエフ大学」

イタリアルネッサンス期のメディチ家は、その豊富な財力で芸術家を支援。ルネッサンス文化を育てる上で大きな役割を果たした、、、。カザフスタンのナザルバエフ大統領が、その肝いりで作った「ナザルバエフ大学」。将来のカザフを背負って立つエリート育成を目的にした公立大学。世界中から優秀な教授を掻き集めているようだ。ここに、この3月後半から、香港人の知人が赴任。いい機会なので、知人を訪ねて大学に行ってみた。ところで、一歩建物内に入って驚いた。広い構内、リゾートの5つ星ホテルと見間違うような豪華さ。外とは別の世界がここにはあった、、。メディチ家並の学生への教育支援。ここから、たくさんのエリートが巣立っていくのだろう。

「ごく普通に、カザフ語、ロシア語、英語の3ヶ国語を話し、真面目に勉強する」と知人は言っていた。ここの生徒たち、かなり優秀なようだ。

<高級ホテルを思わせる大学構内。>

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4月6日(金)「滑走路としても使える」

アスタナ旧市街の「バズィレット・スルタン・モスク」と、通りを隔てた「ピラミッド宮殿」を訪ねて驚いた。その巨大なモスクや斬新なデザインのピラミッド宮殿ではない。ここの通りのとんでもない広さに。一体何車線取れるのか。緊急時には滑走路としても十分機能しそうなぐらいの広さだった、、、。カザフスタンの首都が、南部のアルマティからアスタナに移ったのは1997年12月。ロシア系住民が多い北部の分離、独立を防ぐのと、地震の多いアルマティの有事の際の首都機能の麻痺を防ぐためと言われている。が、周辺にロシアや中国を控えるカザフスタンのリーダー、緊急時の避難対策も考える必要があったのだろう、、。周囲に手強い隣人を抱えるカザフスタン。その外交政策、大変そうだ。

ここを見ながら思い出したのが、ミャンマーの新首都「ネピドー」。何かよく似てる。

<11ヘクタールの敷地、高さ177メートル、5000人収容の巨大モスク。>

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4月5日(木)「親切な空港職員」

先日息子と訪ねた北欧。チェックインサポートというカウンターはあっても、やり方を教えるだけ。「後はすべて自分でやれ」というスタンスだった、、、。北京経由でカザフスタンの首都アスタナに向かった。ところで、香港発北京行きのフライトが、いつもの通りの遅延。また、香港で北京ーアスタナ間の搭乗券の発券が出来なかったので、「北京に着いてから忙しいな」と思っていた。まず北京で入国、空港ターミナルの移動。その後アスタナ行きのチエックイン。この作業が1時間半で終わるかなと思っていた。が、北京到着後、トランスファーカウンターを訪ねたら、これが親切な人。搭乗券の発券から、空港内でのターミナルの移動等、すべてを段取り。最後まで同行してくれた、、。やはり、アジアの空港職員、サービスがいい。

ところで、昨日の北京は雪。「4月に雪が降るのは、この10年来経験がない」と、この空港職員言っていた。香港の26度とは、えらいギャップだ。

<4月なのに、アスタナの川は一面凍っている。まだまだ、真冬だ。>

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4月4日(水)「世界で2番目に寒い首都」

長いイースターの休みが終わったと思ったら、今度は清明節。この時期は、香港、中国ともに休みが多い、、、。今晩から、「カザフスタン」、「キルギスタン」、「ウズベキスタン」を訪ねる旅に出る。「イースターとともに、これらの内陸の国々にも春が訪れた」とばかり思っていた。が、カザフスタンの首都アスタナの天気を調べて驚いた。最高気温が0度で最低がマイナス8度。数日前は、マイナス15度だったようだ。2月の旧正の時期に訪ねた北極圏のアルタの気温がマイナス16度。これは理解できる。が、4月で緯度も札幌と同じぐらいだろうか。ここで、マイナス15度、、。何でもこのアスタナ、ウランバートルに次ぐ、世界で2番目に寒い首都とか。またまた、極寒地への旅だ。

という事で、現地の通信事情にもよるが、明日からのこのブログ更新、遅れる可能性大。悪しからず。

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4月3日(火)「24枚の小切手」

以前は重宝した小切手。だが、最近は、届かなかったり、サインが違うと戻されたり。極力、送金に切り替えるようにしている、、、。ところで、先日、ライチコックのシェアオフイスの契約を行った。その際、大家から2年固定の契約の旨、伝えられた。最近の香港の不動産値上がりもあるし、「まーいいか」とオッケーした。その後、この大家、凄いことを言ってきた。「2年間分24枚の先付け小切手を用意して」と。小切手事体が時代遅れになりそうな今、小切手払いで、しかも「24枚先付で持って来い」と。さすが、不動産所有者が強い香港だと思ったが、24枚の小切手を切り、24回分のインターネットトランスファーの手続きをする、、。これ、かなり面倒だ。

ところで、24枚の小切手を切ってるうちに、2020年という日付がでてきた。しかし2年分の小切手、先の長い話だ。

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