11月4日(金)「練れれば練れるほど詩的になる」

安岡正篤の本を読んでたら、「人間、練れれば練れるほど詩的になる」という言葉が出て来た。通常は、何気に読み飛ばすであろうこの部分が、なぜだか妙に気になった、、、。この言葉が気になったのを不思議に思いながらも、この部分について考えてみた。まず、「詩的」を辞書で引いてみると、<まとまっていて、美しいさま>と。また、「練れる」とは、<修行、訓練を重ねて、人柄が円満になる>とある。という事は、「人間訓練を重ねれば重ねるほど、その立ち居振る舞いがまとまってきて、美しいものなってくる」という事。安岡正篤が言いたかったのは、「人間、修行や訓練がすすめば、無駄なものが削ぎ落とされ、その立ち居振る舞いが詩のような美しいものになってくる。そうした無駄なものを削ぎ落とした状態を目指せ」というような事だろうか。よく考えれば、至極当たり前の事なのだが、、、今のこの時期に、この言葉が響いた不思議を思いながら、暫く「詩的になる」という事を考えてみよう。

突然、こうした言葉に反応したりする。人の感覚、面白い。