4月14日(金)「違和感の残る表現」

ちょっと前だが、新聞のコラムを見ながら、「アレッ」と思う場面があった。サンクトペテルブルクのテロ事件に引っ掛けてたドストエフスキーの「罪と罰」の終焉の表現で、<殺人者の主人公は、ある女性にそう諭される>とあった、、、。「ある女性」とは、売春婦のソーニャの事だが、何故「売春婦」に諭されるではなく、「ある女性」という表現になったのだろう。ドストエフスキーは、インテリの主人公が売春婦に諭されたという事実を、物語上の一つのポイントにしてたと思う。それだけに、ある女性という表現に、多少の違和感が残った。まさか、売春婦が差別用語という訳ではないし、放送禁止用語という訳でもないだろうに、、。流し読みで読んだ記事だったが、なぜだか印象に残った。面白い。

この主人公が大地に接吻したセンナヤ広場。今回のテロが起きたのが、ここを出た地下鉄構内。ドストエフスキーも墓場の中で嘆いている事だろう。

カテゴリー 日記

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